top of page

第三談 【三國連太郎さん】

こちらは、1999年に、月刊誌Mens Ex での亡き三國連太郎さんとの対談の模様です。

当時はまだ宗山流の稽古場が初代の赤坂にあった時分です。

胡蝶としてもとても懐かしく…対談の内容などあまりよく覚えていませんでしたが…

久々に読み返して…あこの頃の自分はこんな事考えていたんだな…

なんて懐かしく思いますね。

三国連太郎 宗山流胡蝶 (2) - コピー.jpg

本文より…

 

赤坂にある宗山流の稽古場は、12月に予定されている胡蝶さんの一人芝居「唐人お吉」の稽古の真っ最中だった。

 

三國)「唐人お吉」はこれまで何度も芝居になっておりますけれども、胡蝶さんご自身は彼女をどう解釈しているんですか。

胡蝶)彼女の人生ってすごくデフォルメされて美的に解釈されているように思えるんですね。でもわたし個人としては、もっと自然といいますか、女らしいといいますか、大それた考えを持って死んでいった女には見えないんです。ですから、元気な頃のお吉の姿よりも、愛する人がいなくなって、だんだんお酒に溺れていく姿のほうが印象深いですね。

三國)彼女のハリスに対する思慕は、単に肉体的なものだけではなくて、やはり初めて人間的に扱われたということだと僕は解釈していますけどね。ただ、その辺の心理は女でなければわからないのに脚本を書いたり演出するのはほとんどの場合、男性ですね。だから女が勝手にデ

フォルメされすぎて、結局はお国のためとかなんとかになってしまうんです。

胡蝶)そのせいでしょうか、女としては何かすごく不自然に映るんです。人工的に作り出されたものといいますか… ですから今度のお芝居では、そういった違和感を感じさせないようにリアルに演じたいと思います。

三國)今日はその辺の女の心理といいますか、男にはどうにも理解しにくいことを伺いたいと思っているんですよ。芸術の世界でも演劇の世界でも、世界的に評価されている人(男)は意外と女性的な面を持っていることが多いんです。そういったことを考えると、男から女になった女性?というのはかなり感性や感覚が男より優れているのではないかと。

胡蝶)優れているかどうかは分かりませんけれども、わたしは小学校に入りたての頃に、大人になってお母さんになったりお父さんになったりすることは選択できるものだと思っていたんです(笑)。でも小学校の2、3年生になるにつれて、男の子と女の子って違う生き方をしなきやいけないんだということが分かり始めて……その時の自分自身の中での葛藤は

とてつもないものがありましたね。おリボンを付けたり、赤い服を着るのが大好きで自分は女の子と同じだと思っていたのに、男性のシンボルがあるだけで男として生きて行かなけりやならないのかって悩んだことをいまだに思い出します。

三國)僕も小さい頃は男友達と遊ぶのは好きではなかったんです、乱暴者が多いので…。男同士の競争心と言うんでしょうか、ああいう競争心に対して大変疑問を持っておりました。それと、男気だとか勇気だとか英雄観といったものにも。ですからいつも僕はほとんどひとりで遊ぶか、近所の年上の女性と一緒におりましたね。まあその女性からの影響が強いからだとは思いますが、僕にはどうしても女の方が一段進化が早い生き物のよう

に思えてならないんです。だから女性というものをもっと、この社会の中で改めて認め直す、必要性が欠けているように思うんです。その時に胡蝶さんのような男と女の両方の感性を持った方がいらっしやってくれると、社会通念のバランスが取りやすくなると思うんですがね。ところでこういう言い方は失礼かもしれませんが、胡蝶さんは女性ではあるけれども男性としての経験もある。つまり現在は第三の性をお持ちの新しい人間として生きているんだと僕は思うんです。

三国連太郎 宗山流胡蝶 (3) - コピー.jpg

胡蝶)わたしはよく「あなたは女になりたいから女になったのですか」とか「女になりたいから性転換したんですか」って質問を受けるんですけれども、女になりたかったからこういう生き方を選んだというより、自分らしい生き方に肉体を近づけた…と云うことなんです。勿論、わたしから見ると男性の方が愛すべき生き物に見えるのは確かですね。男性って精神構造がシンプルじやないですか。一生を一つの人格で貫けるシンプルさがありますよね。それに比べて女は、少女期から「女」に変わる決定的な変化があって、女から「母」になる大きな変化があって…わたしは

子供を産めないのでその辺のことは分かりませんけれども……それから更年期を迎えて枯れていって、それでもうひとつ今度は別の次元の女になるというような。女って、男性に比べてもっともっと深い部分で変化していく生き物だと思うんですよ。ですから女性のほうがある部分すごく賢いし、ずるいですね(笑)。

三國)僕は芝居をするときに、もろい男性しかやらないんです。男っていうのはシンプルであるが故のもろさを持っている生き物だということで。家という一つの構造の中で一応生きてはいるけれども、女よりはもろいんだ、という部分ですね。ですからこれは大変大事な事だと思うん

ですが、最近感じているのはですね。芝居の話からはそれてしまいますが…肉体的構造では男でも女でもない人間、つまりこれまで男性と女性の2つしかなかった今の社会で改めて3つが揃った社会構造がきちんと出来たほうがいいのではないかという気がするんです。

胡蝶)これまでは、男は男らしく、女は女らしくなんていう考え方があって、それが世間体につながったりしていましたけれども、男はもろくて弱いということを恥ずかしがらずに剥き出しにしたほうが、わたしもいいと思います。男は強くなきやいけないんだとか、頼り甲斐がないと男じゃないみたいな見方や生き方ってすごく不自然だと思います。

三國)男という制服を着せられた男性と、女という制服を着せられた女性の2つの対極があって差別が無理に生まれてくるんだと思うんですよ。だからその中間の性があればもっと平和的な生き方が将来はできるんじゃないかと思いますがね。でも実際はその橋渡しをする役目の方たちが差別されてしまっている。とくに同性愛の方たちが。

胡蝶)わたしは生まれつきおめでたくできているせいでしょうか、あまり深刻に考えたことはないですね。実は、うちの実家は浄土真宗の大谷派のお寺なんです。で、比較的女系の血が強くて親戚も含めて養子が多いんですね。わたしは長男として生まれたので親戚縁者は跡取りができてよかったと喜んだのですけれども、揚げ句の果て

にこういう人生を選んでしまって…女系の血が濃いというか、祟りというか(笑)。

三國)性転換や同性愛を否定してきたのは宗教ですからね(笑)……。僕は心情的に同性愛というものを否定はしないのですが、かつて男だった女が男と愛し合うということは心情としてどうですか。

胡蝶)…そおですねえ::…愛し会うことイコール理解し合う、深い部分で理解し合えるということが異性恋愛と一番違っている部分じやないでしょうか。言葉を交わさなくても分かりあえる部分の深さがちょっと違うと思います。わたしは自分を女だと思っているのですが、あっけらかんと甘えたり、ワガママを言えない時に、「ああ、きっとこういうところ

がまだ女になりきれていないのかな」つて思うことがあります。

三国連太郎 宗山流胡蝶 (3).jpg

三國)そうですか、やっぱりそれは男と女の両方の感性を持った人間の苦悩かもしれませんね。ところで単刀直入にお伺いしますけれども、セックスのほうはどうなんですか。男は本能的に暴力的なセックスを求めたがりますが、現在は女になっていても、その時には男性の本能が出ませんか。

胡蝶)いいえ、それは医学の力なんでしょうか、体と同様に精神のほうも受け身になっておりますので普通の男女と同じだと思います(笑)。

三國)はあ、そうですか。

胡蝶)わたしは男か女かといえば、女の集合体に入ると思いますけども、第三の性が早く認知されてほしいですね。

三國)我々の時代はまだ無理かもしれませんが、次の世代くらいには、きっと理解が深まっているでしょうね。ますます御活躍を…

三国連太郎 宗山流胡蝶 (1).jpg

このときの取材の折に…当初の予定時間を大幅に過ぎていたにもかかわらず…三國さんが、胡蝶の白塗り風景を御覧になりたいという事で…

 

急遽、稽古場でお化粧風景を御覧に入れ…

ご所望により一曲を踊らせて頂いた事を昨日の事の様に思い出します。

昭和の名優…

胡蝶の大切にしている演目[飢餓海峡]の主演を勤めていらっしゃる三國さんとの憧れの対面に…

本当に感動した事を思い出します。

​2015年9月29日

bottom of page