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第一談 【作詞家:故・吉岡治さん】

これは平成17年9月5日に胡蝶華舞台[滝の白糸]公演のプログラム掲載用として行われた対談です。

 

吉岡治作詞作品

真っ赤な太陽・美空ひばり

さざんかの宿・大川栄作

大阪しぐれ・都はるみ

細雪・五木ひろし

暗夜行路・キム・ヨンジャ

天城越え、酔って候、滝の白糸

飢餓海峡、歌麿

夢の浮橋・ほか、石川さゆり

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胡蝶)はじめまして、

吉岡)はじめまして、[初対面の挨拶などあり]

胡蝶)実は私が日頃から舞台で躍らせて頂いております演目(曲目)は、振りかえってみますと、吉岡先生がお創りにになって、石川さゆりさんが歌っていらっしゃるものが極端に多いんです、

吉岡)有難うございます、

胡蝶)古典の日本舞踊は永い歴史を経て、名作と云われる作品が人気演目として現在まで生き残っているんです。

長唄でも義太夫でも長い歴史を振り返ると、もっと何十倍もの曲があったんでしょうけれど、現在知られている曲はほんの一部に過ぎないんです。歌謡舞踊の世界なんかは、もっと極端で、古典のように名作として残るものが無いに等しいんです。一過性の作品が多くて。その中でも吉岡先生の作品はロングランで踊っていらっしゃる方が多いんですよ。

吉岡)まあ、色んな創りかたをする僕らの仲間もいますけどね。どちらかと云うと僕は[子宮派]というか、故郷を守る方ですね。バカに古いように思われてしまうんですけど、日本の美しさとか、今で言うと死語に近いような言葉がいっぱいあるんですよ、日本の美しい。特にそういうものを残してゆく努力を書きながらしているんです。

胡蝶)作品を躍らせて頂いていて、本当にそれを感じます。

吉岡)[文芸歌謡]と云われるものなんですけれど、水上先生(勉)の作品や、[滝の白糸]なんかもそうですね。そういう作品は基が骨太ですから、無茶苦茶書いても大丈夫なんですよ、(笑い)

胡蝶)逆に、先生の作品を聞いてから原作を読んでみたものも沢山あるんです。[飢餓海峡]なんかすごく不思議な歌い出しで[チリ紙に包んだ足の爪、後生大事に持ってます…、]ショッキングで、意味深で、何かそこには深い根っこがあるんだろうと思いまして、原作を読んでみたんです。

吉岡)日本を代表する大作家が書いている小説等は、僕なんかまともに太刀打ち出来ない。ただ小説はディテールから、ずーっとシュチエーションを立てて、細かく表現してゆくもの。小さな説ですからね。そういった意味で、歌謡曲は[着せ替え人形]なんです。聞いて下さる方が、その人形にどういう着物を着せて、どんな髪型、御化粧をさせて、どんな生活をさせようか自由なんです。それが出来れば出来る程、歌の幅が広がっていくんです。一応場所とかは限定しておきますが、顔なんか真っ白。お客様が目鼻を付ける。そういう創りかたをするんです。

【中略】

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胡蝶)吉岡先生の創られた大ヒット曲[天城越え]、屈指の難曲です。皆さんが踊っていらっしゃるんですが、どうも難解で。いつも心の中に迷いを抱いて踊っているんです。

吉岡)難しいって云う方多いですね。歌う人も多いけど、

胡蝶)演歌と云えば[天城越え]と云う方多いです。

吉岡)あれはね、前段として[さざんかの宿](大川栄作)があるんです。不倫の歌なんだけど、普通は男がメインで女性が付いて来て、別れたり、別れ切れなかったりして…、僕はそれを逆にしたんですよ、

胡蝶)はぁ、

吉岡)[くもり硝子を手で拭いて、あなた明日が見えますか、]これは誰に聞いているの?ってよく聞かれます。[女でしょ]という答えが多いんですがこれ、男なんです。

胡蝶)私も男性を感じました、

吉岡)後ろから背中に『ここに来てしまったんだから仕方ないでしょ、』と云う風な声の掛け方なんです。従来の耐えて忍ぶ、日本の女性のそれは良い処ですが、現代の女性は経済的にも精神的にも自立して拮抗していますから。だからそれを逆にしたんです。新しい愛の形に。珍しかったんだと思う。たまたまそれが当たって、成功して。そしたら皆が、[不倫]を書いてくれって。それで石川さゆりに書く事になったんです。

胡蝶)それが[天城越え]なんですか、

吉岡)あれは実は三人いるんです。本妻と愛人と男と。愛人と男がいる処に本妻が殴り込みをかける、

胡蝶)……、[絶句]

吉岡)そこで『あなたを殺していいですか、』という言葉が出てくる。そして愛人は逃げ出してしまう。

胡蝶)……、[絶句]

吉岡)喧嘩していたはずの二人は仲直りして『あなたと越えたい天城越え、』なんです。

胡蝶)それでは吉岡先生の[天城越え]は、松本清張さんの小説とは無関係だったんですか?

吉岡)全く別です。松本清張さんの[天城越え]は有名な小説ですし、田中裕子さんの手拭を吹き流しにした姿は印象的ですが。全く別です。

胡蝶)今日は先生にお会い出来て、長年の疑問が晴れました。一連の文芸作品として天城越えをとらえておりましたから。あれは少年の淡い初恋が起こさせた殺人事件で、『あなたと越えたい天城越え、』は、いったいあの娼婦が少年と?それとも行きずりの大男?誰と天城を越えたかったのかが…

吉岡)全く別のストーリーなんです、

胡蝶)長年の疑問から解放されました。先入観と固定概念と、曲の良さとの間で苦しんでいましたから。白紙に戻して三十代最後の今回の舞台に新規に拵えて上演させて頂きます…[中略]

吉岡)今時の[歌謡曲]をどう思われますか、

胡蝶)正直申しまして、躍らせて頂きたいと思う曲があまりにも少ないんです。古い曲から掘り起こすものが質が高いというか…、

吉岡)まあ時代というか、要するに情緒的なものは古いと思われてしまうんですよ。むしろ逆にそういうものが大事なんですが、再発見するという発想もあまりないんですよ。

胡蝶)それらしく書いてある作品もありますが、踊っていると薄っぺらさが見えてしまって、踊りの根っこを作れずに、結局上演まで漕ぎつけないんです。

吉岡)結局、歌詞が氷山の一角で表にはこれだけしか出ていないが、下には何十倍ものものがあるんです。それが無い歌詞が多い。ふわふわ浮いて流氷の様な。言葉の上と下の二重構造で、色々な解釈が出来る。野暮ったいなぁ、もっと[粋]な世界があるんじゃないかって思う。

胡蝶)[そのまんま]ってやつですね。(笑い) [中略]

吉岡)胡蝶さんは歌われないんですか?

胡蝶)とんでも御座いません。いきなり[お笑い]になってしまいます。

吉岡)オリジナルでお演りになればいい。

胡蝶)でも歌はちょっと…、

吉岡)今度ひとつ書きますよ。

胡蝶)[絶句]…本当ですか、夢のようです。

吉岡)じゃ、舞台を見せて頂いて、どういう形が一番いいのか。僕はいきなりパッと書けないので、見ながら、そしてお話ししながら…。面白そうなものをひとつ。とにかく一度拝見します。

胡蝶)是非是非宜しくお願い致します。本当にお忙しい処、今日は有難うございました。

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平成17年9月5日宗山流稽古所にて

 

吉岡先生にはお忙しい中二時間半に渡り、大変貴重なお話、御教えを頂戴いたしました。文字数の都合上大部分を掲載出来ませんことが残念です。御冥福をお祈り申し上げます。

​2010年10月6日

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