日本髪の鬘は歌舞伎をはじめ、舞踊、芝居の舞台に不可欠なものです。特に演者にとっては役創りの上で衣裳と並び、大きな位置を占めます。胡蝶も十代の頃から日本髪の鬘に関しては異常な程の執着がありました。
よく鬘は[床山]さんが全て造り上げると思いこまれている方がほとんどですが、実は鬘は、鬘の土台(鬘の本体)を製作する[鬘師]さんと、そのかつらを結い上げる[床山]さんとの分業で造られています。
現在ではあまり細かい事に拘らず大、中、小で帽子のように安易にかぶるスタイルの日本髪もあるようですが、それではいけません。
[鬘合わせ]をするのは[鬘師]さんです。一人一人の演者の頭に合わせてまず土台の形を合わせて、踊っている時に脱げないようにしっかりとフイットしつつ、長時間被っていても痛くならない事が望まれる大切な技術です。
次に[クリ]を拵えます。[クリ]とは白塗り美人の決め手となる鬘の[生え際]を決める作業です。美人になるかどおかは、ここでほぼ決まってしまうと云っても過言ではありません。鬘の[素を合わせる]と云われるここまでが[鬘師]さんの仕事です。こうして出来た鬘は[床山]さんの手によって、その都度、その役々の髪型に結い上げられ、飾り付けられて仕上げです。もちろん出番前に演者に鬘を乗せるのも[鬘師]さんです。
余談になりますが、よく業界通ぶった方(失礼な役者共)が、鬘のことを[ヅラ]などと云っているのを聞きますが、トンデモナイ事です。『○×はヅラが良く似合う役者だ…、』なんて言語道断。下品な云い回しです。歌舞伎や舞踊の世界では床山さんに[頭(あたま)を頂戴いたします…、]というくらい、鬘とその床山さんの技術に対して敬意を表しています。鬘がなければ我々は役に成り切ることも、舞台に出る事も出来ないのです。
鬘のこだわり話しは尽きませんが、今回は舞台の女形鬘の大きな二種類の系統のうち、古典的な[旧の鬘]についてお話ししましょう。
舞台の鬘は大きく分けて[旧の鬘=羽二重のかつら]と[網のかつら]の二種類に分類されます。
[鷺娘]の高結綿 という特殊な形。
写真の鬘は[旧の鬘=羽二重のかつら]です。旧の鬘とは主に歌舞伎、歌舞伎舞踊で使用されます。江戸時代に開発された技術で造られています。[クリ(生え際の輪郭)]そのものを銅板で型取り、その銅製の土台に人毛を手植えした[羽二重]の布で包みこむように張り付けて造られています。ですから、[クリ]のラインが、近くで見るとくっきりとしていて、[被っています感]が見て取れます。使用されている人毛も、漆黒に染められていてます。結い込みも、キッパリとした鬢(ビン)の張りと丸み、前髪の立ち上がり、こよなく丸みを帯びたタボ、ふっくらとした髷等、業業(ぎょうぎょう) しいほどの押し出しです。きっと江戸時代から、男性の無骨な骨格や輪郭を華奢に魅せるための歌舞伎の工夫が昇華された技術なのでしょうね。この黒々とした存在感と、古風な様式美こそが[旧の鬘]の価値です。
凄ごみを際立たせる[漆黒の毛艶]が命の[鷺娘]後半の[結綿さばき]
胡蝶も、演目としては古典の[道成寺]や[鷺娘]、奥庭の[八重垣姫][静御前]等の歌舞伎舞踊やお芝居の時だけに限って使用しています。下の写真の歌舞伎[与話情浮名横櫛]のお富も典型的な[旧の鬘]です。
洗い髪で有名なお富の[馬の尻尾]という粋な髪型。
胡蝶にしては珍しい赤姫[静御前]の[吹き輪]という、歌舞伎の姫の髪型。
日頃皆さんが目にする[網の鬘]と違い、古風で何となく[いかつい]感じすら漂う[旧の鬘=羽二重のかつら]は[いかにも…]という見た目が大切なんです。江戸の日常をデフォルメして、どこまでも[様式美]を追求した結髪の技術は、歌舞伎、古典舞踊の世界にのみ、その姿を残しています。
何といっても、[旧の鬘]の王道、京鹿子娘道成寺、花子の[中高島田]です。女形鬘を代表する形。
流石、床山[木下幹夫]師の極上の技が冴えた傑作です。
次回は[網の鬘]についてお話しましょうね。
2011年3月28日