地唄舞は[上方舞]が源流です。
上方舞(かみがたまい)は、江戸時代の中期(1800年頃)から末期にかけて上方(関西)で発生した日本舞踊の一種です。屏風を立てたお座敷で舞う素踊りが基本でした。源流は御殿舞や能を基本にした静的な舞に、人形浄瑠璃や歌舞伎の要素を取り入れた、しっとりとした内面的な舞い方が特徴です。歌舞伎舞踊より抽象的で単純化された舞踊表現ですね。伴奏は地唄が用いられることが多い事から[地唄舞]と呼ばれています。
戦後、[武原はん]師が、元々限られた宴席での[座敷舞]だった[地唄舞]を東京進出とともに大劇場での上演、観賞に相応しいまでの[舞台の地唄舞]に昇華させ、現在の[地唄舞]にまで仕立て上げました。
その名手[武原はん]の[雪]は、まさに一世を風靡した生涯の代表作でした。胡蝶も子供の頃から、“はんさん”の雪として憧れていました。
この[雪]という作品は、地唄舞の内でも艶物(つやもの)と云われる、女舞の色っぽい情緒のある作品の頂点。
大坂新地の芸妓ソセキは、愛しい男に捨てられ出家しました。
雪の降る夜の一人寝に、浮世を思い出し涙する、という内容です。
今は出家して清い境地にいることを「花も雪も払えば清き袂(たもと)かな」という名文句で始まります。
胡蝶も[雪]にはとっても思い出があります。
ある時、胡蝶が雪を舞ってみたい…、と日本大学芸術学部長、目代清先生に御相談した処、目代先生より、『あなたらしい[雪]を見せて頂戴ね…』とのお言葉を頂戴いたしました。この言葉を旨に一年がかりで創作致しました。
従来の[雪]は、髪型は[丸髷]に衣裳は裾引きに帯は[角出し]に結ぶ、上方舞のオーソドックスなスタイルでの上演が一般的ですが…
私はこれまでの[地唄舞・雪]の固定概念を打ち崩したスタイルで構成しました。
[夜会巻き]に[お太鼓]という、新派の様式で[明治]の風情に置き換えてのスタイルです。
着物の裾は、銀鼠にぼかし下ろし、雪の歌詞[花も雪も払えば清き袂かな…]と友禅にて書き散らせて、桜の花びらを染め抜きました。淡色の質素な中に、清潔感のある白が際立つ意匠を考案しました。帯は[如源]の黒繻子の本丸帯。繻子のしっとりとした光沢は独特です。
[地味だ、][喪服だ]といった御意見も沢山頂戴いたしましたが、胡蝶の[雪]の世界です。
絹張りの傘も、白無垢の[2尺1寸]の特別誂え。並はずれた大振りに拵えて頂きました。
初演は[邦楽と舞踊]主催の[日本舞踊大会]国立小劇場。奇しくも[目代清先生追善]の会に胡蝶は[雪]で参加させて頂きました。
抑制された地唄舞の表現、限界のリアル感は [抽象的で単純化された舞踊表現]との胡蝶の大勝負。
とてつもなく長い16分であり、無我夢中、一瞬の16分でした。初演の時は舞台での事は何も覚えていません。何と、自分でも驚きの[奨励賞]を頂戴いたしました。一生の思い出の一つです。
あれから、節目節目の舞台の折には胡蝶の[雪]を上演させて頂いています。何度舞わせて頂いても完成の見えない、果てしない演目です。一生の課題曲の一曲です。
第46回東京新聞主催・推薦名流舞踊大会・於国立大劇場
大劇場の大ホリ、奥行きいっぱいに立て廻した八双の銀屏風。これが演りたかったんです…。
演奏は人間国宝、富山清琴先生、胡弓は御子息、富山清仁さん。極上の[演奏]でした。
胡蝶の演出の幕切れは、黒の羽織を左肩から袈裟掛けに羽織り、[尼]になって出家したという思い入れで、尼僧の袈裟に見立てての立ち姿で片手拝みの舞い納めとなります。
【胡蝶・雪の主な上演記録】
平成15年7月21日[日本舞踊大会]国立小劇場
平成16年11月3日[清流会] 浅草公会堂
平成17年6月[愛知万博・愛地球博]日本館
平成17年12月25日[胡蝶リサイタル]明治座
平成18年6月4日[父一周忌追善胡蝶華舞台]高知
平成18年12月18日[玉手箱の会]イイノホール
平成19年6月24日[胡蝶華舞台]京都先斗町歌舞練場
平成22年9月20日[推薦名流舞踊大会] 国立大劇場
平成23年10月16日[和リーグ日本公演]小山町総合文化会館
平成23年10月21日[和リーグヨーロッパ公演]ルクセンブルグ
平成23年10月23日[和リーグヨーロッパ公演]ジュネーブ
平成23年10月25日[和リーグヨーロッパ公演]ローザンヌ
平成23年10月27日[和リーグヨーロッパ公演]チューリッヒ
平成24年9月6日[第60回華扇会] 国立大劇場
[地唄]の演奏もその都度、富山清琴先生(人間国宝)、富田清邦先生、菊原 光治先生と、当代超一流の先生の演奏にて舞わせていただけました事は何よりの光栄です。先生方の素晴らしい演奏に恥じぬ胡蝶の[雪]を一生勉強させて頂き、舞い続けさせて頂きたいと存じます。
黒繻子のお太鼓の垂れはもちろん[如源]です。それも何と[胡蝶]の朱織り出しの特別誂えです。
※[親衛隊・小林益子誂製]
第60回 舞踊華扇会 国立大劇場
【地唄雪歌詞】
〽花も雪も払へば清き袂かな
ほんに昔のむかしのことよ
わが待つ人も我を待ちけん
〽鴛鴦の雄鳥にもの思ひ
羽の凍る衾に鳴く音もさぞな
さなきだに心も遠き夜半の鐘
〽聞くも淋しきひとり寝の
枕に響く霰の音も
もしやといつそせきかねて
〽落つる涙のつららより
つらき命は惜しからねども
恋しき人は罪深く
思はぬことのかなしさに
捨てた憂き捨てた憂き世の山葛[やまかづら]
2011年3月26日